「プレッシャーを面白いと感じていた」 ――株式会社LITALICOライフ 古田 萌子《OBOGインタビュー》

受け入れ事業局の活動に熱を注ぎ、アイセック青山学院大学委員会で歴代最高のインターンシップ数を運営された古田萌子[ふるたもえこ]さん。御自身も参加されたアイセックでのインターンシップがきっかけとなり、現在の職場で、「困っている方に寄り添いたい」という想いを持ってご活躍されています。アイセック在籍中の活動内容、アイセックで得ることのできた学びについてお伺いしました。

――自己紹介をお願いします。

  
 2013年に青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科に入学し、アイセックに入会しました。アイセックでは受け入れ事業局を担当していて、1年目は局員として、2年目はプロジェクトリーダー、3年目は統括を担当していました。

――現在のお仕事についてお聞かせください。

  
 株式会社LITALICOで、障害のない社会を作るというビジョンのもと、障害のある方の教育支援、就労支援の事業を主に行っています。大学時代に今の会社のインターンシップに参加し、そのまま入社し、現在は、新規事業を担当しており、2017年の12月18日に設立した子会社に出向しています。私の事業部自体は、障害のあるお子さまがいるご家庭の将来の見通しを立てる中で、進路や就労の情報提供をしています。発達障害や知的障害のあるお子さまの進路は特殊で、全日制の高校へ行き、大学行くといった一般的な進路とは違った進路選択をします。お子さまによっては通信制の高校に行ったり、大学に行かずに福祉的就労に就いたり、一般企業で働くとしても障害者雇用枠で入る等、様々な選択肢と可能性があります。保護者さまが障害のあるお子さまを育てるのが初めてだと必要な情報は中々見つけにくいので、一括してプランニングしたり、お子さまの状況別に異なる道を提案したりしつつ、一緒に将来について考えていきます。こういったことを営業に所属する社員が行う一方、私は本社にて相談したい保護者さまの集客、Webマーケティング等を行っています。例えばFacebookページを作ったり、集客するために専用のサイトを作り、そこからの流入数を増やしていくにはどうすればいいのかを検討したりしています。

――福祉に興味を持ち始めたきっかけについて教えてください。

 2年生の夏に行ったインターン先が障害福祉系のNGOでした。たまたま興味のあったプログラムを提供していた国が、スリランカとアルゼンチンだったため、一生行かなさそうな国がどちらかと考えた時にアルゼンチンだと思ってインターン先を決めました。

古田さんがインターンシップに参加された時の写真

古田さんがインターンシップに参加された時の写真

 

――今のお仕事のやりがいは何ですか。

 障害のあるお子さまに対してのサポートだけでなく、ご家庭の支援ができるのは業界初で新規性が高く、かつ一番求められているところだと思っており、そこに携われていることをやりがいに思います。お子さま自身もですが、保護者さまが悩み、不安を抱えてしまうことが多いので、それを日々のお仕事の中で解決できることを誇りに思います。自分の業務内容でいうと、マーケティングにおける専門的な仕事は行った頃がなく、新しい分野にチャレンジできているのが楽しいです。

――大学時代にインターンシップに参加されていた時はどのような仕事をされていたのですか大学時代にインターンシップに参加されていた時はどのような仕事をされていたのですか。

 元々は親会社の経営企画部企画グループという部署におり、新しい事業の検討の中で、リサーチや資料作りをひたすら行っていました。その中の1つに今私が働いている株式会社LITALICOライフ設立の件が浮上し、立ち上げメンバーとして発足させ、メインで関わらせてもらっています。マーケティングに専念し始めたのは今年の8月くらいで、それまでは新規事業に必要な財務やコンプライアンス等を行っていました。

――アイセックへの入会のきっかけを教えてください。

 私は青山学院高等部の出身だったので、青山学院大学の学部説明会があり、その時にアイセックの先輩が宣伝をしたことがきっかけでした。高校3年生の時の選択の授業の殆どが英語だったのですが、そこではプレゼンテーションの形式やフロー、ディベートにおける一般的な答弁の型など、インプットを主に学んでいました。その時にアウトプットの機会が少ないと思っていたので、実践できる機会があったら挑戦してみたいなと思いました。アイセックは日本で1番大きい学生NPO団体で、海外にも支部があり、広い世界観で自分の力を試せそうだなと思ったのが最初の動機です。

――在籍中についてのお話をお聞かせください。

 受け入れ事業局以外の活動で言うと、APC (Asia Pacific Conference)に1年生から3年生の時まで3年連続で参加しました。国際会議の存在はアイセックに入った当初は知りませんでした。アイセック慶應義塾大学委員会が「超CEED」という毎年夏に他の委員会と一緒に活動するプロジェクトを行っていました。当時、海外活動において最先端を進んでいた神戸大学から様々な情報がきていて、その中でAPCの存在を知り、参加したいと感じたため、申し込みました。

古田さんが参加された国際会議での写真

古田さんが参加された国際会議での写真

受け入れ事業局での活動では、営業は得意ではありませんでしたが、積極的に活動を行うことで成果を出していました。活動する中で受け入れ事業局は、長期的な活動のため夏に企業と契約しても春にしかインターン生が来ないとなると私一人で頑張っても創出できる機会が少ないと感じていました。そのためマネジメントの方に回ってメンバー皆がきちんと契約してインターンシップを回せる環境を作った方がより皆のためになるかなと思い、自分にとってもその方が嬉しいなと思っていました。
受け入れ事業局の活動の中で日本の企業と海外の学生がより良い組み合わせとなるようにマッチングをする時期に、インターンシップの受け入れを企業が承諾しても要求が高い等の理由で、マッチングできないという問題がありました。それを解決するために国際会議に参加して、アイセックの海外の各支部の送り出し事業局統括と繋がりを作って、できるだけ条件に合ういいインターン生を送ってもらえるような関係性を構築していました。
インターン生と企業とをマッチングすることは、要求が高かったり、条件が合わなかったりして難航することがありましたが、契約の条件を提示した国内企業に対して申し込みが来ているインターン生から、提案できそうな見通しがつかない場合は何とか条件を下げてもらえるようにメンバーに企業の方へ交渉に行ってもらいました。
最終的に私の代では、アイセック青山学院大学委員会史上最大の契約数を達成し22件のインターンシップを実施に移すことができました。前の年から契約数は上がっていたのですが、ただ仕組みが弱いと思っていたので私が統括の立場になった年では、きちんと計画を立てて、1年の目標数の22件のインターンシップを回すためにはいつまでにマッチング、契約、渉外等を行えばいいのか逆算してメンバーにタイムラインを意識させるようにしていました。メンバーが全部で30人いて全員と関わるのは無理だと感じたので、4人のプロジェクトリーダーにメンバーを完全に任せていて、私がその4人をマネジメントするという仕組みを作りました。
一方で、私がいくらインターンは素敵だと言っても他人事で終わってしまうと思っていました。契約できたらどのような人が来るのか、インターン生がどういう経験できるのかを見せてあげることが重要だと感じていたため、メンバーが日本に来ていたインターン生と関わる機会を設ける、また自分たちがどのようなものをインターン生にもたらすことができるのかを見せてあげるようにしました。

――インターンシップの価値を信じていたからこそ、インターンシップを数多く運営することに意義を感じていたのだと思うのですが、インターン生の中で特に印象に残っている方はいらっしゃいますか。

 誰が1番ということではなく、全員が印象的で個性の強いインターン生が多かったですね。全員が完璧に素直ではなくて、私達はインターンシップを全うしてほしいが、向こうとしては日本を知りたい、楽しみたいという欲求もあって、そこの差から喧嘩になってしまうことも結構ありました。それでもインターンシップが終わった時にインターン生から、この企業・日本に来てよかった、私と出会い、この機会がもらえてよかったと言ってもらうことができて、インターンシップ1件の機会はすごく大事だなと身をもって感じました。

海外のインターン生を出迎えた時の写真

海外のインターン生を出迎えた時の写真

――受け入れ事業の魅力はなんですか。

 受け入れ事業の魅力は、1から自分で機会を作れるというところです。国内の企業を見つけてインターン生を見つけて、マッチングさせてインターンシップも1対1でサポートできてというように全部作れるところが魅力的です。このような経験は社会に出てからもある程度は役立つと思います。逆に、受け入れ事業局統括の立場である自分が動かないと、何もできない年になるので、そこが自分に委ねられているというところは、プレッシャーに感じて面白かったです。
送り出し事業局は春インターン、夏インターンとタイムラインが決まっていますが、受け入れ事業局は、夏が企業への提案渉外と契約の締結のピークになる等はありますが、その期間を逃したところでインターン生が来なくなるっていう訳ではないし、申し込み締め切りもない、サボろうと思えばサボれます。そんな状況下でも自分でちゃんとタイムラインを組み立てて実行に移すという訓練が役に立つと思います。

――アイセック在籍中の嬉しかったことを教えてください。

 やはり受け入れ事業局統括で目標数値を達成できた時です。自分が頑張ったというよりは、自分で仕組みを築いてその中でプロジェクトリーダーやメンバーが頑張ってくれて皆で達成できたのが嬉しかったです。自分が契約できた時や何か達成できたとしてもこれだけの達成感は得られなかったと思います。みんなが電話をかけることが嫌になり、苦しい時も私を信じてついてきてくれたのも嬉しかったですし、多くのインターン生に日本に来る機会を届けられたという達成感が単純に嬉しかったです。

――メンバーが嫌にならずに最後まで活動を続けられた理由は何ですか。

 当時は入会が決まって、受け入れ事業局、送り出し事業局にメンバーが分かれたら、いきなり電話かけるといった活動はせずに、それぞれのエリアでアイセックの活動を行う上で必要なライセンス取得の時期がありました。そのような時期にインターン生をアイセック内で毎週行うミーティングに呼んだり、日本に来ているインターン生から直接アイセック のインターンシップについて知る企画を受け入れ事業局の1年生に任せていたりしていました。例えば、週ごとに担当を決めチームを組み、企画をお願いし、インターン生とのコミュニケーションの中で、彼らの悩み、インターン中の嬉しかったこともさりげなく聞くことができるようにしていました。インターン生の感情を肌で感じる瞬間を設けることで、自分も早く契約を取って、インターン生を受け入れてみたい!と思ってもらえるようにしていました。これはメンバーが活動を積極的に頑張ることができた要因の一つだと思います。
また、プロジェクトリーダーであった4人が、メンバーから絶大な信頼を獲得していたのも大きな要因だったと思います。彼らがいるから頑張れる、逆に彼らがいるから活動をやめることはできないと皆が思っていました。

――プロジェクトリーダーの4人にはどのようなマネジメントをしていましたか。

 4人に対しては、絶対隠し事をしないように、1人で抱え込んだりしないように本音で議論するよう意識していていました。マネジメントしようと思うと建前が生じるので、そうならないように、4人に対してだけは素直に議論していこうと思っていましたし、意見を求めていこうと最初から思っていました。そして、1ヶ月に1回、プランの見直しの時間を、各リーダーごとに2時間ほど設けていました。その前までは年間の計画を見直す合宿が夏に1回あったのですが、1年に1回だとPDCAを回す速度が圧倒的に遅いと感じていました。それだとどうしても漏れが生じるので、1ヶ月に1回見直して何ができていないのかについて話し合っていました。今考えると、私はその時相当厳しかったと思います。毎週目標設定させて4人のミーティングで進捗や結果報告をさせて、出来ていなかったら何で出来ていないのかを追求していました。

――在籍中の苦しかったことを教えてください。

 活動自体について辛いと思ったことはなかったですね。強いて言うなら2年生のプロジェクトリーダーの時にどこにむかっているのか分からなくなった時期でしょうか。契約したい、インターンシップを実施したい、だけど自分はプロジェクトリーダーとして全然上手く活動できていないと思っていました。メンバーのマネジメントも出来ていなくて自分が主体となって頑張ろうと思っていたこともあり、私の役割ってなん何だろう、メンバーも楽しく活動できていないのでは、と思っていました。全体の雰囲気としても1つの方向へむかっていませんでしたし、私はどこへ?私達はどこへ?と思い、前向きに活動できず、下を向いていた時期もありました。

――立ち直ることができたきっかけがありましたら教えてください。

 夏休み前にそのように落ち込んでいて、夏にインターンシップに行ってみて純粋にアイセックが楽しいなと思ったことです。自身が普段企業にお勤めしているサービスについて身をもって知る機会にもなりましたし、実際に受け入れ側(私の場合はアルゼンチンのメンバー)の方たちとコミュニケーションをとる中で、改めてアイセックのインターンシップに魅力を感じました。日本に帰ってきてからも、プロジェクトとして成果あげるための手段や来年のことを考え初めるうちにモチベーションが上がっていきました。

――アイセックで得たことについて教えてください。

 目標に向かって、実際に達成するためにはどうすればいいのかと考える癖がついたと思っています。私は怠けるタイプで、目標を立てるのもすごく苦手ですが、数値を達成するために逆算する力、物事を言語化して今は何をするかを考える基盤はできたと思います。その中でも言語化は特に重要だと思っています。議論の場であろうと、文章であろうと、メールであろうと、“コミュニケーション”は仕事の基盤です。これを摩擦なく行えないと、社会の土台にすら立てないと思っています。(私もまだまだ訓練中ですが笑)訓練だと思って学生のうちからやった方がいいです。その土台が出来ている人は今でも活躍しています。ぜひやってほしいです。

――古田さんにとってアイセックとは何ですか。

 いい意味でも悪い意味でも自分の強いところと弱いところがはっきり分かる場所です。比べる存在が沢山いるので、自分にはないものを持っている人もいます。ある程度大きい母体数の中で比べることができるので、一方で自分にしかないもの、自分の伸ばすべき点、逆に盗むべき他人のいい所が明確になりました。

――アイセックで気づいた自分の一番の強みは何ですか。

 決断力、判断力です。例えば受け入れ事業局統括が全国の25の支部に1人ずついるため、その中でプランを作るうちに、どういう進捗で各委員会が動いているかがリアルタイムで分かります。進めるうちに自分の委員会を動かすスピード感や判断能力や状況を素早く察知して、的確に指示を出せる点は優れていると感じました。それまでは自分の強みは全然分かりませんでしたが、色々な方と活動する中で、気づくことができました。逆に弱みも気づけました。弱みは、決断力、判断力の速さと表裏一体で諦めが早いことです。無理だと思ったらすぐに手を引いてしまいます。価値があると思ったら粘るのですがないと思ったらすぐに手を引いてしまうことが弱みです。見切りの早さも時には重要ですが、多様な可能性を模索し、試行錯誤することも一方で重要なので、それは自身の課題だと思っています。

――将来の夢、今成し遂げたいことについて教えてください。

 自分で事業を起こしたいです。可能ならば、アイセックで一緒に活動していたメンバーと協働する機会に恵まれたら嬉しいですね。笑今行っている仕事にも関連しますが、困っている人や不安を持っている人へ直接、解決手段を提供できるような事業が作れたら自分としては嬉しいですし、今後も関わっていきたいと思います。

――最後に学生に一言お願いします。

 アイセックのような世界規模の組織はなかなかありません。そのため、自分の伸ばしたいこと、挑戦してみたいことがある子にとっては絶好の機会だと思うので、是非躊躇わずに飛び込んでほしいなと思います。私が国際会議へ行ったのも、当時、明確な目的があったわけではなく、楽しそうだなと直感的に思ったのがきっかけでした。のちのち振り返ってみると、「点と点が線で繋がる」ではないですが、その機会自体が活かされているので、自分で機会を取捨選択するという思考は学生のうちはそれほど持たなくていいと思います。どうしても狭い世界観の中で取捨選択してしまうと、自分の生育歴とか思考範囲の中でしか、機会に挑戦できなくなってしまうので一旦偏見を取り払って直感的にやってみたいと思ったことは全部やってみるべきです。ある程度機会をとってみてから振り返って、あれは参加してよかった、いらなかった等、様々な経験を積んでから整理していくととてもよいと思います。本当に色んな機会があるので、是非色んなとこにチャレンジしてみてください。

2018.12.21