人生において「これしかない」と思えるものにこだわって生きること ――名古屋大学 高橋麻奈《OBOGインタビュー》

アイセックでは、1年次に中国にアイセック支部をつくることを目指した事業、2年次には新歓責任者をご経験された高橋麻奈[たかはしまな]さん。アイセックでのご活動の一方で、大学在学中に鮮明になったご自身の夢、『国際協力に関わる研究がしたい』という目標のため、名古屋大学の大学院へ進学され、その後企業でのご勤務、国際連合へのご就職など多岐にわたるキャリアをご経験されています。今回は、現在名古屋大学で教鞭をとられている高橋さんに、今振り返って考えるアイセックでの経験や学び、その後のキャリアについてお話を伺いました。

――アイセックに入会したきっかけを教えてください。

 
私は高校の時に、青少年赤十字という活動で埼玉県代表として、当時まだ今と比べ物にならないくらい発展していなかったベトナムに派遣されました。当時ベトナムは、まだ全然インフラも整っていない、例えば蛇口から赤い水が出るような途上国でした。すごく衝撃を受けたのと同時に、この経験をきっかけに途上国や貧困問題、さらに基本的人権に興味を持ち、法学部に進学しました。そして、共産主義の国である中国に、先進国でも今ほど浸透していなかった、インターンシップという新しいアイデアを持ち込もうとしていたアイセックに純粋に興味が湧いて、入会を決めました。

――アイセックでのご経験や学びを教えてください。

 印象的なのは、1年の時に参加した、世界中のアイセックメンバーが集まる国際会議での経験です。国籍やバックグラウンド、学年、年齢など一切関係なく、いろいろな人がいる、変な人がたくさんいる機会でした。そのような多様性の面白さは、国際会議での経験をはじめとしてアイセックで本当に学びましたし、そこにアイセックの面白みを感じていました。新歓担当も、アイセックの事業を新入生に紹介するというより、アイセックに興味を持つ人たちと関わることが面白いと思ってしまって、力を入れてやっていました。
 当時は周りに、途上国研究や開発援助に興味がある人は少なかったです。大きい企業に入ってバリバリ働きたい、ビジネスを通じて社会で活躍したいという友人が多かったように思います。けれども、私自身は、結局どのような働き方をしていても、どのような地位にいても、どのような国であっても、お金持ちであろうが、そうではなかろうが、とにかく人間は、いろいろな人がいるから面白いという事実が一番大切で、より深く「貧困や紛争がこの世界からなくなるためにはどうすればいいのか」ということばかり考えていました。

――大学院進学を決めたのは、どのような理由からなのでしょうか。

元々、国際開発学をより深く勉強したいと、強く思っていました。そのようなときに、青学の青山キャンパスの図書館の3階で、とある本を見つけたことがきっかけで、「法整備支援(Rule of law assistance)」という援助について知りました。これは、政府開発援助技術支援の一環で、法律とガバナンスの分野に特化した、開発援助です。
途上国支援といっても、例えば、インフラを作ること、経済援助、教育を与えること、あるいは安全保障や平和構築、人道支援も当てはまりますし、いろいろな分野があります。しかしその中で、「法整備支援」、つまり法律とガバナンス分野の技術支援では、紛争や統治体制によって、例えば地方自治のシステムもなければ、憲法もない、人権という概念すらないような国において、立法支援、つまり法律を作ったり、紛争解決システムを作ったり、また法律の教科書を作ったりする、まさに「基本的人権を守る根本的なシステム」にアプローチする支援だったのです。これこそが私の人生においてやりたいことだと思ったので、3,4年生は、必死で受験勉強をしていました。
 この時に持った「法整備支援」に対しての強い想いが、その後研究者を目指していく過程での大きな支えとなりました。色々なことを悩んで考えて、自分の基盤が出来上がったのが大学時代だと思っています。もちろん、アイセックで色々な人に出会って色々なことをやってきて、楽しくはありました。しかしその一方で、何か違うと思っていたことが背景にありました。その時に感じた「違和感」によって、私は本当に自分が突き詰めていきたいことに気づいたのだと思います。そのような中で、アイセックでは色々な仲間に出会うことができて、自分がこれからどういう人生を歩んでいくかを考えることができたのは、貴重だったと思います。

 

――青山学院大学ご卒業後のキャリアを教えてください。

法律分野の国際援助を学ぶと決めたと話しましたが、「法整備支援」の研究ができる大学は日本国内に非常に少なく、名古屋大学がその中でも最も先進的な大学であったので、名古屋大学国際開発研究科に進学し修士号(国際開発学)を取得しました。その後、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下IBM)に入社しました。博士課程に進学したかったのですが、進学費用不足や、また国際協力業界で将来的に仕事をするためには、実務経験が必要だったこともあり、進学をやめて民間企業に就職することにしました。その後、IBMで5年ほど勤務しました。その後、国連のコンサルタントになりました。私は、国際連合国際商取引法委員会(United Nations Commission on International Trade Law: UNCITRAL)のアジア太平洋地域センターという、韓国・仁川広域市にある事務所で、主に国際商取引・貿易に関する国際条約やモデル法に関して、途上国における法律の技術協力プロジェクトを担当していました。まさに研究してきた、「法整備支援」を仕事にすることができました。その後、幸運にも文部科学省の奨学金を取得することができ、やはりもう一度「法整備支援」を研究したいという夢を諦められなかったので、日本に帰国し、名古屋大学法学研究科博士課程に進学し、法整備支援の援助政策について研究しました。2018年に博士号(比較法学)を取得し、名古屋大学に就職して、大学の先生になりました。

――会社員時代はどのようなお仕事をされていたのですか。

 
IBMで行っていたことは、肩書きはITエンジニアなのですが、実際はプロジェクトマネジメントです。ITのインフラストラクチャー関連のプロジェクトを実施していく中で、プロジェクト上のリスクやスケジュールを管理したり、他のSEチームやお客様などのステークホルダーたちと連携しながら、目標を達成するためにプロジェクトを進めていくという役割です。つまりは、プロジェクトマネージャーとは、旗振り役のようなものです。実はこれは、開発援助プロジェクトにも共通しているのです。「プロジェクト」には共通している定義があり、お金や時間などのリソースが限られている中で、いかに効率をよく、目的を達成することができるのか、ということを考えて、プロジェクトをデザインしていくというものです。IBM時代に実際の現場でプロジェクトを運営し、また「プロジェクトとは何か」ということについて経験を通して理解することができました。UNCITRALで勤務ができたのも、法整備支援に対する理解に加えて、「プロジェクトマネジメント」に関する基本的な知識があったということもあると思います。企業に就職した時は、私のやりたいことと全然違うと思っていたのですが、そこでやっていたことがその後に役立ち、それがきっかけで国際開発の役に立つ世界に戻れたのだと思っています。

――現在のお仕事について教えてください。

 私は今、名古屋大学男女共同参画センターの特任助教を務めています。名古屋大学では、国連のUN WomenがSDGs(持続可能な開発目標)のGoal 5「ジェンダー平等の達成」を達成するための世界的な連帯運動である「HeForShe」の推進を担当しています。HeForSheを推進するリーダーとして、UN Womenは2014年に「IMPACT 10x10x10」という名前で、10の国家元首、10の企業、10の大学を世界で選抜しました。名古屋大学は、日本で唯一、この「世界の10大学」に選抜され、世界の他のリーダーたちと共に、この「HeForShe」とジェンダー平等を達成するために大学として果たす役割は何かを考えながら、政策立案やキャンパスの環境整備、教職員たちへの理解促進活動などを行っています。私は、名古屋大学でHeForShe推進を担当し、UN Women本部や、世界のトップ大学たちの担当者たちと定期的に電話会議を行い、大学として世界的にこの問題にどう取り組んでいくかを議論や情報交換しながら、名古屋大学ひいては日本国内においてのHeForShe促進活動に還元しています。名古屋大学が「世界の10大学」に選抜された理由として、本学は日本で最初に、男女共同参画に積極的な取り組みを始めた大学であるということがあります。名古屋大学には、女性研究者の各種支援制度を設けることに加え、2つの保育園と1つの学童を運営しており、女性教職員の働きやすさや男女共同参画を実現する環境づくりを大学において積極的に取り組んでいます。私は2018年9月にニューヨークで、第73回国連総会会期中に行われたHeForShe IMPACT Summitに参加しましたが、その場でも、名古屋大学の取り組みが紹介され、世界的に発信されました。

――今のお仕事のやりがいはなんですか。

 やりがいは3つあります。1つ目は、人権やダイバーシティーというコンセプトを大学内で推進し、かつ日本や世界に発信する仕事ができていることです。「ダイバーシティー」が尊重されることの重要さは、私はアイセックでも学ぶことができたと思っています。どのような人もきちんと輝いて生きていける社会になるために、どのようにすればいいのかということを毎日考えながら、実現方法を模索することに難しさと共にやりがいを感じます。もちろん、学生とともに議論したり、意見を聞くことは、何よりも大切な時間ですし、私自身非常に勉強になります。2つ目は、これからの社会のために、少しずつでも人々の考え方や視野が広がることに貢献できていると実感できることです。この2つ目に関しては、インターンシップの提供を通して、社会課題解決に取り組むことで、社会に対して新たな価値観を提供しようと活動しているアイセックの考え方に似た部分があるのかもしれません。あとはもちろん、大学の先生なので、自分の研究、つまり「法整備支援」の研究もできます。堂々と自分の研究ができるということも、やりがいがありますし、幸せです。
私の人生の目標は、法整備支援という法分野での仕事に何らかの形で携わり続けるということです。今はもう本当に自分の研究が好きで、人生においてこれしかないって思えるものに関わって生きていると思います。だからこそ、本当に毎日が楽しいし、感謝しているし、誇りに思っています。自分がすごくドキドキするものを職業にできるまで、十数年もかかりましたが、やっとここまで来られたのは、自分が何に対してドキドキするかの対象を研ぎ澄ませていたこと、そして諦めなかったしつこさもあるかもしれません。

――今回、インタビューをお引き受けいただけた理由と、現役メンバーへのメッセージを聞かせてください。

今はもう卒業して時間は経っていますが、アイセックには、いいところも悪いところもあると思います。私は、アイセックでの出会いと経験に感謝している一方で、疑問も多く感じていましたし、コンセプトや理念に対しても、理解できることとまったく共感できないことがあったのも事実です。
私が今回インタビューを引き受けた1つのきっかけでもあるのですが、私みたいにアイセックに対する疑問を持っている人、つまりはアイセックのこういうところは好きじゃないけど、こういうところは好きみたいな人がいてもいいと思っていて、実際にこういう人は多くいますよね。1年生の皆さんもこれからいろいろな人に会って、いろいろな経験をすると思うのですが、いいところだけつまみ食いして、美味しいところどりをして、自分らしく、いい大学生活をすればいいかなと思うんです。だからこそ、こういうキャリアをたどったOGがいたのだという1つの参考になれればいいと思いました。

――今後のご自分の展望について教えてください。

正直まだわかりません。私は研究一本をずっとしていた人間というわけではないので、今は研究でも実務でもどちらでも生きていけるかなと思うんです。だから、研究者でいられるなら続けていくし、もしかしたらこの先、別のキャリアを考えることもあるかもしれません。ただ、私の軸にあるのは、「国際開発・国際協力・法整備支援」であることに変わりはありません。それに一生関わっていけるなら、実務でも研究でもなんでもかまわないです。

2018.06.14