『全然インターンというものを知らないのに、インターン生の受け入れを企業に勧めている自分の矛盾に気づいたから、海外インターンに行こうと思った。』 ——三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社 長谷川丈悠《OBOG インタビュー》

2017年度のOBOG会で、幹事を務めていただいた、長谷川丈悠[はせがわともはる]さんに、お話を伺いました。長谷川さんは、現役時代、マケドニアにインターンに参加され、現地の2つの高校を回って、紛争解決のためのワークショップを作っておられました。アイセックで、メンバーとしてのインターン運営に加え、海外インターンへの参加もされている長谷川さんに、アイセックの海外インターンで得た経験、アイセックメンバーとしての活動、また現在のアイセック青山学院大学委員会についてお話を伺いました。

——アイセックのインターンに行こうと思った理由はなんですか。

 もともとアイセック入会時から、アイセックという海外インターンの運営を行っている団体にメンバーとして入るなら、インターンに行ってみたかったからです。あと当時の委員長が、多くの海外からのインターン生の受け入れ、送り出しを目指していたから、その方針で、企業にインターン受け入れの提案に多く行って、努力したんだけど、インターン生を受け入れてくれる企業が全く見つかりませんでした。そのような中で、全然インターンというものを知らないのに、インターンを企業に勧めている自分の矛盾に気づいたっていうのもあります。それに、メンバーの皆が、僕がインターンに行く背中を押してくれたっていう面もありますね。

——マケドニアという国に決めた決定打はなんですか。マケドニアに対する印象や、インターンに行く際の事前準備について教えてください。

 マケドニアを自分のインターン先として選んだ理由は、マケドニアに皆行ったことなさそうじゃん。だからかな。
 マケドニアは、親日だし、いい国だと思います。ご飯もそれなりに美味しいし。それに、思っていたより、結構平和でした。だけど、インターン前には、自分が行くのはどれだけ危ない地域なのかってことを知らずに行くのが一番怖いと思っていたので、自分で調べて、コソボとかに行ったことがある、NGOの職員の人に話を聞きに行きました。現地の現状とか、治安とか実際に目にしたことがある人に会って、それで全然大丈夫だよって言ってもらえたから、きちんと行くことを決められましたね。
 もちろん、自分の担当についてくれたアイセックのメンバーも協力してくれました。僕も、アイセックメンバーの活動があったり、学校もあったり、あと深夜バイトもしていたから、忙しくて、それと当時、委員長選挙にも出るかどうか迷っていた時期でもあって、自分のマネージャー(インターンサポート担当者)には、すごく助けられました。

——インターン先での経験、得たものについて教えてください。

 感覚的には、インターンは、長いようで短くて、インターン先の生活に慣れたら、もう帰国って感じでした。
 僕がインターンに行った前年も、同じプロジェクトをやって、その時は、10人くらい集まったのかな。もともと、世界中からインターン生を呼んでチームを組む、社会課題に取り組む活動の予定だったんですが、僕の年は結構色々トラブルがあったりとかして、僕を含めて2人しか集まらなかったんです。もう1人は、前年度の参加者なんですけど、ノルウェーから来た女の子で、もう1度、大学の研究の一環で来ていました。彼女とは、いまでもたまにSNSで連絡を取ります。
 英語は、インターンを通して凄く聞き慣れたと思います。ある日、ふとマケドニアでテレビをつけたら、日本のことをやっていて、でも日本語が理解できないんだよね。聞こえるけど、頭に入ってこなかったんです。聞き慣れとか、英語社会の中で暮らすって、こういうものなんだと気づきました。インターン後に、TOEICのスコアが100くらい伸びたことも、目に見える形で、インターンから得たものなんじゃないかな。

——インターン後で、印象に残ったことがあれば教えてください。

 印象に残ったことは、2点あります。
 まず、インターン生で合同の報告会をやったことが1番印象的です。トルコに行った人と、インドに行った男の子、女の子の計4人で開催しました。皆、社交的な人たちだったからか、それぞれの友達で、計80人くらい集まったかな。僕ちょっとこんなことやってたんだよって、ちょっと見せるからって言ったら、いろんなところからいろんな人が来てくれて、インターンの経験を多くの人に聞いてもらえて嬉しかったですね。インターンに行った4人が、1人ずつプレゼンテーションをする形式で、大学の大教室でやりました。僕は正直、アイセックのメンバーから、インターンにどんどん参加する、そういう仕組みができてほしいな、と思って、インターン生同士で合同報告会を開催したのもあります。それでまた新しいインターン生が生まれるっていう循環ができたら、もう永久機関じゃないですか。
 2点目は、インターン先との繋がりが続いていることですね。SNSで、マケドニアの友達と連絡を取ることもあります。それがきっかけで、夏休みの休暇を使って、マケドニアを再度訪問しました。インターンから9年くらい後のことです。経緯としては、マケドニアのアイセックメンバーが、JICAの研修で偶然日本に来て、会ったら急にマケドニアに行きたくなっちゃって、ちょうど翌週何もなかったし、その日にチケット取ったんです。そのマケドニアの友達が先にJICAの研修から帰るはずだったんですけど、ちょうど台風が来て、僕が先に行くことになったんですよ。それで、成田空港で両替していたら、後ろから声をかけられて、そのマケドニアの友達が友達と一緒に見送りに来てくれました。なんか変なんだけどね、見送りに来てくれるっていうのは。

——アイセックで積んだ経験について教えてください。

 1年生の時には、アイセックの各国のメンバーが集まる国際会議のために、バングラディシュに行ったことが印象的です。
 普段の活動では、受け入れ事業局に所属していました。受け入れ事業局の活動としては、毎週20件くらい企業に電話していて、週に1回は企業訪問に行こうって決めていたし、1日に2回、違う企業に訪問させていただいた時もあった。それくらい、渉外は好きだったと思います。企業訪問に行っても、途中から、もう行ったからには自分の聞きたいこと聞いてみようって思ったりもしていたかな。
 執行部として活動した年は、総務みたいなことをやっていました。でも、役職とは関係なく、やりたいことをやらせてもらっていたし、企業に行きたかったら、アポイントをとって、行ったこともありました。

——長谷川さんには、インターンに申し込んだ学生に対して、参加者の目的意識を測る面接を担当していただくこともあるのですが、そのことを、どのように意識されていますか。

 面接をやっていると、面接なんか必要じゃないと思うくらい、海外インターンでやりたいこととか、目標、目的がしっかりしている子もいるし、本音を言うと、行きたい人は皆いけばいいと思っています。一番よくないのは、行って無駄になったって思っちゃうこと。なんとなく行って、何もせずに時間が過ぎて終わっちゃったって言うのが、一番よくないなって思います。だからそうならないように、できるだけ、面接でできることがあればいいなと。

——現役時代、社会人についてどう考えていましたか?また、今はその考え方は変わりましたか?

 昔は、20歳になったら人生終わりだと思っていました。社会人になったらもう、夢も希望もないのかなって。社会の荒波に揉まれて死ぬのかなって思っていたけど、全然そんなことなかった。例えば、学生は、時間は無限にあるって、逆に、社会人はお金はあるけど、時間は無いって言われることがありますよね。決してそんなことは無くて、作ればいくらでも、社会人にも時間があると思っています。それに、社会人になると、遊ぶにしても、娯楽の幅が広がるかなとも、社会人になって初めて思うようになりました。
 確かに、社会人になると、関わる人間関係の幅が狭まった、っていうことを、思うことはあります。だからこういう風にして、現役生に関わって、OBOG会の誘いにも積極的に乗っかるようにしていますかね。

——今のアイセック青山学院大学委員会についてどう思いますか。

 今でこそ当たり前だけど、当時メンバーでアイセックの海外インターンに参加するって、相当レアだったんです。僕の前に1人いたけど、歴代、2、3人目くらいで。やっぱりそういう潮流が出来上がったのは、僕がインターンに行ってから、だいぶ後になってからです。今の青山学院大学委員会で、そういう、メンバーもどんどんアイセックの海外インターンに行く流れになっているのは、個人的には本当に嬉しいです。これからも、そういう潮流が続いていけばいいんじゃないかなと思います。そうすれば、僕も、面接とかで常に新しい人と出会えるじゃない。

2017.11.09